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【現代ビジネス研究所・研究助成金採択プロジェクト】燕三条地域の加工技術とグローバル優位性~産業集積を支えるものづくりのDNAを探る

「燕三条」産業集積の「強み」を生かす~海外の産業クラスターとの連携に臨む

昭和女子大学現代ビジネス研究所

研究員 根橋 玲子

 

1)産業集積として海外とどう繋がるか~燕三条地域の「強み」と「弱み」

燕三条地域は、旧石器時代の遺跡も発掘されるなど悠久の歴史を有しており、さらに南北朝時代から伝承された金属加工技術に裏打ちされた「ものづくり」の産業集積である。その集積の「強み」を生かして、燕三条地域はこれまで、地域の企業や業界団体の努力もあり、海外との連携やビジネスが行われてきた。筆者は、公益財団法人燕三条地産業振興センターで一昨年8月から開催されている、海外展開戦略会議の専門委員として、一貫して「『燕三条』地域には、既に『ある』」という事実を前提で、委員の皆様と議論を行ってきた。『ある』というのは、燕三条地域が、地域の中小企業が海外展開を行うために必要な「要素」を全て持っているという意味である。

要素の一つ目は、燕三条地域が既に持っている優位性として、鎚起銅器や鍛造刃物などの伝統工芸を始めとして、あらゆるニーズに対応できる金属加工技術の多様性、そして世界でも有数のものづくりクラスター等、「海外に訴求できる強いブランドイメージ」が既に「ある」ということである。近年、地方自治体は、自分の「地域名」を海外に訴求し、ブランディング化するために、トップセールスを始めとしたあらゆる努力を行ってきた。「燕三条」地域も例外でなく、燕三条地場産業センターやジェトロ新潟を中心として、海外展示会への出展や、ミッション派遣、海外視察等、あらゆる機会を通じた、地域のブランド向上に尽力してきた。ただ一点残念なのは、燕地域や三条地域のトップノッチ企業の「ブランド力」や製品の知名度が高すぎるが故に、「あらゆる金属加工技術を有する集積としての燕三条」という「地域ブランディング」を、海外に発信する機会が後回しにされてきたことであろう。

二つ目に挙げられる要素は、燕三条地域には、元気な後継者社長や、若手経営者を中心とした企業間ネットワークが多数存在している点である。国内外の大学との連携やインターンシップ受け入れを行っているつばめ産学協創スクエア(公益社団法人つばめいと)のほかに、燕三条地域には、「磨き屋シンジケート(燕商工会議所内)」、燕市磨き屋一番館、三条鍛冶道場(越後三条鍛冶集団)、新潟県立三条テクノスクール、三条の若手鍛冶職人グループ「チーム玉鋼(たまはがね)」など、地域産業を活性化させる後継技術者育成や若手人材育成を行うためのグループも、地域に多数存在している。こうした企業グループの中には、市や商工会議所、外郭団体とも連携体制を持ちながら、取り纏め企業(幹事企業)の組織や経営者の域内外のネットワークにより、新産業育成や共同受注まで行っていく体制を有するグループや研究会も存在する。

例えば、昨年の「燕三条ものづくりメッセ2018」に出展した「燕市フィギュアスケートブレード開発研究会」は、フィギュアスケートのブレード開発を行う研究会として、燕市産業振興部商工振興課を事務局として、新産業育成や新製品の開発事業を行っている。「燕市フィギュアスケートブレード開発研究会」は、燕の金属加工技術で世界を目指せるフィギュアスケートのブレードを開発することを目的として、フィギュアスケートの刃に必要な「軽量化」と「強度」のバランスを燕企業の技術力で検討、より良い品質のブレード開発を目指している。研究会代表の徳吉淳氏(有限会社徳吉工業代表取締役社長)によれば、現在のフィギュアスケートのブレードは海外製品(イギリス、アメリカ、カナダ製など)が中心となっており、国内専門家によれば、その海外製品の品質レベルはあまり高くはないという。日本でオリンピックに出場するレベルの選手が、ブレードの不具合に苦労している現状があり、これを解決したいというニーズが研究会立ち上げのきっかけとなったという。本研究会では、燕の金属加工技術を駆使することで、高品質のブレードを開発・供給したいと考えたという。国際スケート連盟技術認定員をアドバイザーに迎え、新潟県スケート連盟理事長や新潟県スケート連盟所属フィギュアスケート選手からニーズの聞き取りを行った上で、度重なる試作と試滑走によるテストを行った結果、2019年1月に、公式大会である「第74回国民体育大会冬季大会~イランカラプテくしろさっぽろ国体~」のフィギュア競技成年男子で燕製ブレードが公式大会デビューすることとなった。

写真1:「燕市フィギュアスケートブレード開発研究会」によるブレード試作品

出所:2019年「テクニカルショウヨコハマ」にて筆者撮影

その他にも、燕市役所では地域の新産業育成のための、地域の企業主導による研究会立ち上げが積極的に行われている。例えば、「燕市医療機器研究会」では、「燕市フィギュアスケートブレード開発研究会」の主要メンバーであり、有限会社エーワン・プリス代表取締役社長の遠藤慎二氏が、幹事企業として加工技術:板金・プレス・溶接・切削等の要素技術 を有する23社の会員企業を取りまとめており、医療機器の試作品や医療機器関連の試作部材等の研究開発を行っている。自社のリスクにより、積極果敢に研究開発や試作製造などに挑戦する、こうした地域中小企業の存在は、燕三条地域にとって大きな財産であり、対外的なアピールポイントになりうるであろう。

そして三番目に、何よりも歴史的に、地理的に距離が近い中国、韓国、ロシアそして台湾という、近隣の国や地域の存在である。燕三条企業は、直接的にそして間接的に、常に海外の市場を意識しながらビジネスを行って来た歴史を持ち、そして域内外、そして海外との人や企業、モノの交流も多い地域であった。そのため、自社製品の海外展開(輸出や間貿も含め)については、他地域に比較すると、中小・零細企業問わず、関心の度合いは極めて高いと言えよう。

 

こうした金属産業の「ものづくり」や「海外との接点」に関して高い優位性を有する地域であるが、燕三条地域特有の「弱み」も存在する。海外取引の長い歴史を有する中小企業、そして自社で積極果敢に研究開発を行う中小企業、こうした強みを持つ中小、零細企業が多数存在することから、ややもすると「地域全体」としての纏まりに欠ける恐れが出ることは否定できない。一般に、地域の海外展開戦略を立案する際に、グローバル市場における、国際間分業という視点で、地域の新産業育成や産業展開戦略を見ることが多い。

このような視点で考えた時に、燕三条地域は、金属加工産業に関して圧倒的な強みを持つことは認識できるものの、特に産業集積のマジョリティーを占める金属加工業者については、外側からはその1社1社の顔が見え難い構造になっていることは、「弱み」の一つであると言えよう。燕三条の産業集積において、長年メリットとして機能していた加工業者のブラックボックス化は、大手企業の一次下請け、二次下請けとして活躍していた、後にファブレス化する東大阪や大田区の中小製造業者の減少によって、産業集積としてのデメリットに変化する可能性も低くない[1]。そのため、外部からは一社一社の加工業者の顔が見えづらい環境にある「燕三条」地域は、「誰が」主導的な役割を果たし、「何」を武器に戦うかという議論を行うことが、極めて難しい地域であると言えよう。

また、燕三条地域が誇る、生活用品産業一つとっても、洋食器業界とキッチンウェア業界は全く異なることや、加工技術についても、伝統加工技術である鍛造、鋳造、研磨技術のほか、切削、プレス、板金その他多くの金属加工技術が集積しており、それが地域における「技術」優位性を議論する際の、「見え難さ」に繋がっている。

2番目の「弱み」としては、「燕三条」地域を俯瞰した加工技術の伝承者育成が十分になされていないことである。「強み」の項で見たような、三条鍛冶道場や、磨き屋一番館など、鍛造や研磨に関する特定技術においては、伝承者育成の取り組みが十二分に行われているが、その他の加工技術の伝承に関しては、各社各様に行っているのが現状である。つばめいとや市や商工会議所の研究会などにより、積極的な広報活動が行われる中で、燕三条地域への関心度は今後も高まっていくことが期待される。その際には、例えば他地域からの職人志望者の定着をどのように支援していくのか、また移住者のロールモデルなどをどのように提示していくのか、今後の課題も山積している。

 

2) 国際産業クラスター交流のビジョン(イノベーションを軸にして)

一方で、先行き不透明な国内市場のみに捉われない燕三条地域の企業は、更なる海外企業との直接的、間接的な繋がりを求めていることから、各市役所、商工会議所を始め、同所に対し、海外販路開拓事業へのニーズが高いと感じる。そこで、燕三条地域全体として行う海外展開戦略として、金属加工産業の集積である「燕三条」クラスター全体の、海外向けのブランディング化を図り、特に海外の国や地域から具体的なニーズを引き出せるような、地域の加工技術の「見せる化」を推進することが重要である。こうした「見せる化」の方法としては、前項に挙げたような「ものづくり」技術を中心とした冊子作成の他に、地域企業においてグローバル優位性を発揮できる加工技術を発掘し、こうした技術を前面に出して、特定の海外地域とのビジネス連携を図るという方法も考えられる。こうした特定の地域とのグローバル展開の際に、十分注意すべき事柄として、「技術流出」に繋がりにくい連携スキームにすること、海外での特許侵害紛争も想定した「知財保護」の方法、そして海外取引の開始後に陥るノウハウ不足や人材不足への対応などがある。海外との連携に起きうる、こうした問題解決にあたっては、事前にジェトロや中小企業整備基盤機構など公的機関と連携を行うほか、輸出主導で設立された地域企業への助力を仰ぐなど、予め関係各所との調整を行っておく必要があると考える。

 

海外とのクラスター連携にあたっては、いくつかのパターンが考えられるが、燕三条企業の特性を考えた時に、グローバルに販路を有する海外の「高付加価値」産業クラスターとのリンケージが有効であると考える。この場合、燕三条クラスターの優位性としては、歴史ある金属加工産業の集積や、伝統産業や加工技術を生かした連携先とのイノベーション創出などが挙げられる。こうした海外クラスターとの連携により、燕三条企業は、グローバルな市場ニーズに関して、継続的に情報収集を行うことが可能となり、海外の技術ベンチャーや現地貿易商社とのマッチングを通じて、海外市場へのアクセスが容易に行えるようになろう。

例えば、「海外にあるグローバル企業や大学、研究所の試作ニーズの取込み」を図るという施策は、海外にある高付加価値ニーズの取り込みを行うのに、最も有益な手段であり、海外顧客に対し地域の高い技術力を知らしめる、最も確実な方法であると言えよう。こうした海外の高付加価値産業集積との連携による、海外技術ベンチャーとの共同開発受注や、海外研究機関向けの試作ニーズの受注により、燕三条地域で歴史的に培われ、また現在も燕地域の企業主導による新産業分野の研究会等で行われている「イノベーション力」や「製品開発力」が、グローバル市場での問題解決に生かされることを期待したい。

 

[1] 図面があれば何でも作れるという加工業者の集積による共同受注体制は、自社の開発設計能力を高める機会を奪い、日系大手企業の受注に依存する体質を作り上げたという専門家からの指摘もある。こうした傾向は、かつて台湾高雄の輸出加工区周辺に存在した金属加工業者にも見られたが、現在高雄地域で操業を継続している金属加工業者は、生き残りをかけて、医療機器や航空部品等、産業高度化に対応した技術革新を行っている。